「あまり愛しすぎるのも、考えものだぞ」 これは、ベネトレイムの言葉だ。 プロフォンド自身の軽い惚気が発端だったから、ベネトレイムもどちらかといえば砕けた調子で口に出していた。そのため、プロフォンドも、その場にいた他の者達も、そのときは声を合わせて笑った。 あれからかなり経つが、気が付くと、この言葉がプロフォンドの脳裏に浮かんでいる。 一体、どういう意味でベネトレイムは言ったのだろう。 惚気てばかりいるプロフォンドをからかうためか、それとも諫めるためか。 プロフォンドの恋人----ステラは、彼の目にはまるで女神であるかのように映る。勿論、彼女に欠点がないわけではない。長所も短所もひっくるめて、彼女の総てを愛しているのだ。 それは恋する者の常であり、もし自分の恋人が世界で一番素晴らしいと思えないのであれば、それは不幸でしかない。 つまり、プロフォンドは、充分すぎるほど幸せであった。 ----ベネトレイム様は、誰かを愛したことがあるのだろうか。 ベネトレイムが誰かに向かって愛を囁いているところを想像しようとして、プロフォンドはどうしてもできなかった。そもそも、相手からして思い浮かばない。 ----ベネトレイム様は政治向きのことは何でもご存じだが、恋愛の方はエキスパートではなさそうだな… 若いプロフォンドは、ちょっとだけ優越感を感じていた。 サラバンドにも、プロフォンドはステラを連れていた。ともすれば暴走しがちなプロフォンドを宥め、ステラは冷静に物事を運んでいく。副官としても、彼女は優秀だった。 アナフェクトから船で共和国に向かう、というのもステラの提案で、一同は一も二もなく従った。 それが、あのような事態を引き起こすとは、神ならぬ身のプロフォンドには予想もつかぬことであった。 こっそりと出航の準備を進めているところに、帝国の第三王子軍がやってきたのだ。彼らも、船を欲している。 皇帝や他の二人の王子とは違い、共和国に対して厚意を寄せてくれている相手だ。気は進まないが、といって船を渡すわけにもいかない。当然、戦闘になった。 プロフォンドはステラを庇うように、桟橋に立った。彼を倒さなければ、ステラの所にも船にさえも、メディオン軍は行き着けない。 船からの砲弾で桟橋を壊し、挟み撃ちするように迎え撃ったにも関わらず、メディオン軍はどんどんと迫ってくる。メンバーを見て『寄せ集めの軍』だと甘く見ていたのだが、なかなかどうして、兵が揃っている。 プロフォンドは武器を構えた。前から迫ってくるメディオン軍を見据えるのに夢中で、背後のステラが鳥人達に合図を送ったのにも、まったく気が付かなかった。 がっ、と腕を掴まれたときには、敵の仕業かと思った。メディオン軍には鳥人はいなかったはずだが、後ろから回り込んでいたのだろうか、と。 しかし、それは自軍の兵の仕業だった。 「な、おまえ達、何をする!」 驚愕するプロフォンドの腕を両側から掴んで、鳥人達は高く舞い上がった。 「降ろせ!」 プロフォンドの叫びに、 「そのまま船に運んで!」 ステラの号令が重なった。 「ステラ! どういうことだ!」 空の上から叫ぶ恋人を、ステラは優しく見上げた。 「あなただけでも、共和国に戻って。ここは、私がくい止めるから」 「馬鹿なことを言うな!」 プロフォンドは藻掻きながら、 「ステラ! ----放せ! 俺を戻せ!」 鳥人達は顔を見合わせて、悲しそうに首を振った。 「ステラ様のご命令です。ここで全滅してしまっては、共和国にとって大ダメージだ。せめて、将軍だけでも生き延びてくれれば、と…」 「馬鹿な! ステラを見殺しにできるか! 死なば諸共だ!」 「将軍! 私情を挟んではいけませんわ!」 ステラが、凛とした声で言った。 「あなたはこれから、やらねばならぬことがあるのです。共和国のために…」 「国より、君の方が大事だ!」 船の方に運ばれながらも、プロフォンドは精一杯叫んだ。 「君がいなくては、俺も生きていられない!」 遠ざかる声をじっと聴きながら、ステラはメディオン軍と対峙していた。自軍の兵は最早倒され、彼女だけになっている。 メディオンが、ゆっくりと近づいてきた。 ステラは、ふ、と緊張を解いた。メディオンの気が、酷く和やかだったからだ。少なくとも、戦闘中の兵士の気ではない。 「メディオン! ステラに手を出すな! ただじゃおかんぞ!」 遠くから、プロフォンドの声が聞こえてくる。 「…あなたの恋人は、喧しい人ですね」 メディオンが呟いた。苦笑しているようでもあり、穏やかな笑みにも見える。 「ごめんなさいね」 こんな状況ながら、ステラも微笑んだ。 「きっと、あなたが彼の許に戻らない限り、ずっと怒鳴っているんでしょうね。----喉が嗄れる前に、行っておあげなさい」 楽しそうに言うメディオンの蒼い瞳を、ステラは見つめた。海のようだ、と思った。大きくて穏やかな海原。 「なんと、メディオン様は…、ステラ殿を助けるおつもりか?」 メディオン軍の軍師が、驚いた声を出す。どことなく喜んでいるようでもあった。 「宜しいんですの? あなた達の船がなくなってしまうのですよ?」 ステラも尋ねた。優しい王子の立場に、同情を寄せたのだ。 しかし、メディオンは誤解したようだった。彼が本気なのかどうか、ステラが測っていると思ったのだろう。 「父や兄なら嘲笑するでしょうが、私は素直に感動しました。あなたにも、あなたの恋人にも。だから、船はあなた達に譲ります。我々は、他の方法を探しますよ」 彼の後ろで、他のメンバーも頷いている。 「ありがとうございます」 ステラは、深々と頭を下げた。 船の中で、プロフォンドは最愛の恋人を抱きしめた。 自分にとってかけがえのない存在----それが強みにも弱みにもなる、と彼は今日初めて知った。 ----ベネトレイム様の仰っていたことは、こういう意味だったのか… 愛するが故、失ったときのダメージは大きい。 もし、ステラが戻らぬままだったら、自分はどうなっていただろう。彼女のいない世界など、考えられない。 ----もう、二度とあんな思いはご免だ。もしまた、彼女を失うことがあったら… 恐れと同時に、そこまで愛せる存在に出会えたことに、プロフォンドは喜びをも感じていた。 |