窓の外はいつの間にか黄昏時になっていた。
 この時間、明かりを灯そうかどうか、シンビオスはいつも悩む。
 窓の外は微妙な明るさをまだ留めていて、かといって字を読み書きするには薄暗い。
 だから結局、シンビオスは仕事の手を休めるのだ。外が完全に暗くなりきるまで、何もせずに過ごす。
 タイミングよく、ドアが鳴った。
 シンビオスが応じると、入ってきたのはメディオンだった。
「----ちょっと休んでるんです」
 機先を制して言ったのは、やはりメディオンにはいいところを見せたい、という思いからである。
「解ってるよ」
 メディオンは優しく言った。
「だろうと思って、お茶を淹れてきたんだ」
 なるほど、メディオンはティーセットとクッキーの乗ったトレイを手にしていた。
「わざわざすいません」
 シンビオスは慌てて立ち上がった。
 応接室のものと比べて質素ではあるが、この執務室にも簡単な応接セットが置かれている。仕事絡みの打ち合わせのためだ。
 シンビオスの執務机は書類で埋まっているため、メディオンはこちらにトレイを置いた。
 小さいソファは、並んで座るともう隙間がない。二人の体も自然に密着する。あまり近づきすぎて、顔を合わせるのも却って照れくさいようだ。正面を向いたまま、静かに紅茶を飲む。
「----そういえば、どうして解ったんですか?」
 シンビオスがふと訊いた。
「ん? 何が?」
「さっき、『休憩してる』って言ったら、『だろうと思った』って応えたでしょう?」
「ああ。----だって、君、いつもこのぐらいの時間に休んでるから」
 メディオンは穏やかな声で言った。
「何度かこうしてお茶を持ってきたけど、君はいつもカップを片手に仕事してた。でも急にぱたっと手を休めるんだ。そのタイミングが掴めなくて、ずっと戸惑ってたんだけど」
 この前の休日、シンビオスは読んでいた本を突然閉じた。そのまま暫く何もせずにいて、充分に暗くなってから部屋の灯りを灯した。そして再び本を開いたのだ。
 それでやっと解った、とメディオンは楽しそうに笑った。
 薄暗がりの中で聴くメディオンの笑い声は、いつも以上に蠱惑的な響きを持っていた。
「些細なことだけど、君の習慣を一つ知ったのがなんだか嬉しいんだ」
 顔を見ずに声だけ聴いているからか、いつも以上にメディオンの声がシンビオスの胸をざわめかせる。明るさの下で、目を合わせて同じことを言われたら----嬉しいのは当然としても----こんな気持ちにはならない。こんな----職務中にあるまじき気持ちには。
「…メディオン王子」
 シンビオスの声は少し掠れていた。
「今とてもあなたにキスしたい気分なんですが----、残念ながらまだ職務時間なので」
「残念だね。----じゃあ、一足先に部屋で待っているよ」
 メディオンは立ち上がった。
「もうすっかり暗くなったね。----灯りを点けようか?」
「すいません。お願いします」
 燭台に立てられたろうそくが一つ一つ灯される。部屋が明るくなるにつれ、シンビオスも冷静さを取り戻していった。
「----じゃあ、頑張ってね、シンビオス」
 すっかり軽くなったトレイを手に、メディオンは微笑んだ。
「はい。ここの書類を片づけたら」
 シンビオスは机の方に恨めしげに顔を向けて、
「ぼくもすぐに戻りますから」
「うん。----部屋の灯りは点けないで待ってるからね」
 甘く淫靡な響きを含ませたメディオンの声に、シンビオスは振り向いた。----メディオンはすでにいなくなっていた。
 気が付くと、体が小刻みに震えている。止めようとシンビオスはおのが身を抱き締めた。なかなか治まらない。心が震えているからだ。
 それでも何度か深呼吸して、なんとか仕事に取りかかれるくらいには落ち着いた。
 書類に目を通している間にも、体の芯に残っている熱を、シンビオスは漠然と感じ取っていた。自分ではどうしようもない。----メディオンにしか消せないものだ。
 ただ、どうかすると今以上に燃えてしまうこともあるわけで----明日のシンビオスは、どうやら寝不足といったことになりそうだ。


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