レモテストの近くに謎の洞窟があるとキィーパ殿から聞かされて、俺は興味を覚えた。
 数十年も昔、南から逃れてきた盗賊が宝の保管場所として選んだが、程なくしてモンスターが棲みついちまったそうだ。盗賊は宝を取り返しに行ったきり戻ってこなかった。
 その後、話を聴いて行った奴らもいたが、その洞窟が醸し出す余りに異様な雰囲気に、中に入らずに引き返したという。曰く、宝よりも命の方が大事だ、とか。まあ、当たり前だよな。
 この辺りのモンスターがことさら狂暴なのも、ブルザムのせいもあるだろうが、その洞窟の気にあてられてるかららしい。しかも、時折洞窟から出てきては、人々をさらうこともあるとか。夜が多いのだが、たまに薄暗く曇った昼間に出てくることもあるらしい。人々は戦々兢々だそうだ。
 つまり、ブルザムをなんとかしても、この洞窟がある限りこの地に平穏は訪れない、ってわけだ。
 言葉には出さないものの、キィーパ殿がこっちの方もなんとかしてもらいたがっているのが、手に取るように判った。
 そんな面白そうな場所を放っておく手はねえ。巧く行けば宝も手に入る。
 俺は行ってみることにした。ただし、一人で。元々、その方が性に合っている。なに、ヤバくなったらすぐに抜け出すさ。
 それに、総大将というものは、常に兵隊達に気を配らねばならない。最近どの軍も疲弊が激しい。『賢者の遺跡』にこもってレベルアップに励んでいるせいだ。いくら優秀な軍でも、精神に変調があっちゃ、いざというとき力を発揮できない。バリアント軍を思い出してほしい。
 というわけで、全軍に一日休みを与え、その間に洞窟探検することにした。俺は全然疲れちゃいねえしな。
「だけど、ジュリアン」
 反論してきたのはシンビオスだった。
「のんびり休んでていいのかな」
 こういう真面目な奴は、休むことが罪悪だと思っているから始末に悪い。人間、一生懸命働いた分だけ休養を取る権利があるのだ。こいつが領主になったら、フラガルド民は全員過労死しちまうかもしれない。そういえば、父親も忙しすぎて体調を崩したんじゃなかったか。
「一日ぐらい休んだって、大して影響ねえよ。----それとも、休むのが嫌なら俺と一緒に来るか?」
 俺はほんのちょっと(本当にちょっとだ)下心を持って誘ってみた。
「そうだね。面白そうだし」
 お。乗ってきたな。
 シンビオスは、ちょっと待ってて、と言いおいて、何処かへ行った。支度するのかな、と思ってたら、なんと王子とグラシアを引っ張ってきやがった。
「そんなに物騒な場所に二人だけじゃ危険すぎる。私も行こう」
 王子が言った。顔はにこやかだが、眼が笑っていない。…勘付かれたか。
「回復役もいた方がいいでしょう?」
 グラシアの方は本心のようだ。まあ、ありがたくはあるな。
 俺達は四人でその洞窟に向かった。

 レモテストの民が恐れるのも解る。
 その洞窟からは異様な気が流れ出ていた。
 俺でさえ、気付かれない程度に後ずさりしたほどだ。
「…本当に行くんですか? ジュリアン」
 イノベータのグラシアは、俺達よりも邪悪な気配をより鋭敏に感じるのだろう。それに、やっぱりまだ子供なのだ。ベセムの杖を抱き締めている姿は本当に頼り無げだ。
「こんな物騒な洞窟を放っておいて、レモテストにいるエルベセムの人達が悪影響を受けたらどうする? おまえなら浄化できるだろ、グラシア」
 俺は、努めてなんでもない口調で言った。
「ブルザムの膝元ということも併せて考えると、確かにこのままにしておくわけにはいかないだろうね。この邪気の強さは、ブルザムになんらかの関わりがあるかもしれないし」
 王子はあくまで冷静だ。そして正論だ。
「確かに、その可能性はありますね」
 シンビオスが頷いて、
「ジュリアン、気付かない? この気、クア−ズ村のとそっくりだ」
 勿論、そんなことはとっくに気付いていた。ただ、同じようで何処か違う。
 俺がそう言うと、
「どういう風に違うか判るかい?」
 王子が難問をぶつけてきた。俺だって、ヒュードルは二人しか知らない。ガルムと、そのクアーズ村で戦った劣性ヒュードルと。それだけのデータで、どう違うかと訊かれても困る。
 だが、判らないと答えるのもしゃくだ。
「そうだな。…ヒュードルよりもマシな感じか」
 俺は五感をフルに働かせながら、気配を探った。
「でも、邪悪なものであることは間違いねえ」
「それは確かなようです」
 グラシアが保証してくれた。
「ここでとやかく言っていても始まらない。----とにかく、入ってみよう」
 王子が、またしても尤もな提案をした。

 洞窟自体は単純な造りだった。時々分かれ道があったが、大抵が元の道に繋がっている。残りは行き止まり。要は一本道ってことだ。ただ狭いので、自然と縦一列になる。俺が先頭で、グラシア、シンビオス、王子と続く。こう脇道が多いと、背後から襲われることもあるからだ。
 巣食ってるモンスターは、バット系や獣系だった。倒すとことごとく灰になる。
 おぼろげながら、俺は親玉の正体が見えてきた。木の杭でも用意しときゃよかったぜ。
 カラン、と軽めの音がして、
「----わ!」
 シンビオスが声をあげた。
「大丈夫かい、シンビオス」
「は、はい。すいません、メディオン王子」
 あの恥ずかしそうな声の感じは、転びそうになったのを、王子に支えてもらったのか。そんなことぐらいで照れるなよ。
「石がゴロゴロしてるからな。足下に気をつけろ」
 俺は素っ気無く言った。
「…それが、石じゃないみたい」
 シンビオスは無表情な声で応じる。
「あん?」
 じゃあなんだ、と振り向いたら、
 ----?!
 目の前に髑髏があった。落ち窪んだ眼窩には勿論眼球など嵌っていなかったが、何故か目が合った気がした。
「そ、それに躓いたんですか」
 下からグラシアの声がした。そうだ、俺とシンビオスの間にいたんだっけ。頭上に髑髏が現れたら、そりゃ焦るよな。
 俺はふと気になって、カンテラを高く掲げて前方を照らしてみた。
 やらなきゃよかった。
 ここに来た全員が入口で引き返したわけじゃなかったのだ。
 ざっと数えて10体。ちょっとした小隊だ。皆でやってきたもののモンスターに襲われて、あっという間に骨だけにされちまったんだろう。
 それが突然、一斉に起き上がった。
「…痛い!」
 シンビオスが叫んで、髑髏を放り投げた。
 地面に落ちたそれは、かたかたと歯を鳴らし続けた。
 首無しの骸骨が一人(?)歩いてきて、ひょいとそれを掴み、頸骨の上に乗せた。趣味の悪い演出だ。
 他の9体も近付いてくる。きちんと一列になって歩いてくる様は滑稽ですらあった。
 とにかく、俺達は戦闘体勢に入った。
 思いもかけない展開にちょっと驚いただけだ。戦いとなるとみな冷静になる。指揮官の最低条件だ。
 俺達は手際よく骸骨達を倒した。何度も起き上がってくるかな、と思ったのだが、残念ながらそんなことはなく、やっぱり全部灰になってしまった。
「皆さん、怪我はありませんか?」
 グラシアが訊ねてくる。
「シンビオス、さっき『痛い』と言ったね?」
 王子が、俺より先に俺の疑問を口に出した。
「さっきの頭蓋骨に手を噛まれたんです」
「なんだって? 見せてごらん」
 シンビオスが左手を差し出すと、王子はその手首を掴んで自分の方に寄せた。俺はカンテラで照らしてやった。
 グラシアが息を呑む。
 シンビオスの手は倍近く腫れていた。ヤバい。ここの親玉が俺の想像通りの奴で、今の骸骨がその眷属だとしたら。…噛まれた奴も同じ運命を辿るんじゃなかったか。
 俺はグラシアに、『祝福』するよう言おうとしたが、それよりも王子の行動の方が早かった。
 シンビオスの手を自分の口許に引き寄せて----ちゃんと、失礼、と断るところが紳士だ----傷口に唇を当てたのだ。
 程なくして王子の口から、赤黒い塊が吐き出された。それは地面に落ちた途端に、ジュッといって消えた。
 そして、シンビオスの手も、みるみる内に元に戻った。
「念のため消毒しておこう」
 と言って、王子はいやしのしずくをシンビオスの手にかけてやった。まさに至れり尽せり。よく気のつく男だ。
「ありがとうございます、メディオン王子」
 シンビオスは頭を下げた。顔が林檎みたいに紅くなっているのは、カンテラの光に照らされているせいだけじゃなさそうだ。
「…今メディオン王子が吸い出したものはなんだったんですか?」
 グラシアが不思議そうに言うと、
「毒、にしちゃ変でしたね」
 シンビオスも首を傾げる。
 どうやら、まだ敵の正体に気付いていないらしい。俺は王子を見た。
「あんたは判ったんだろ、王子。だから、毒消し草を使わないで直接吸い出したんだ」
 王子は、小憎らしいほど静かに頷いた。
「毒消しを使っても無駄だと思ってね。なにしろ、毒じゃないんだから」
 疑問符を飛ばすグラシアとシンビオスに、
「吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になる、って知ってるか?」
 俺は訊いた。
「知ってますけど…。じゃあ、ここの敵は全部吸血鬼なんですか?」
 グラシアが訊き返してくる。俺は頷いた。
「途中で思い出したんだ。…この気、昔退治した吸血鬼のものとそっくりだ」
「ジュリアン、吸血鬼を退治したことあるんだ。凄いね」
 シンビオスの言葉に、俺はどんなもんだ、と胸を張りかけたが、今はそういう場面じゃないと思い直した。それにしても、妙なタイミングで妙なことを言う奴だ。
 俺が呆れているのを察したのか、
「私が吸い出したのは、要するに『邪気』の塊だよ。これが血液の中に入り込んで全身を駆け巡ると、吸血鬼に変化してしまうといわれているんだ」
 王子が話を元に戻す。
「え。じゃあ、メディオン王子も気付かれていたんですか? ここの敵が吸血鬼だって」
 グラシアが眼を丸くして、
「王子も吸血鬼に出会ったことが?」
「それはありませんが」
 王子は苦笑しつつ、
「ただ、ここの敵がコウモリと獣、即ち吸血鬼の眷属に一番多い種族だというのと、倒したときに灰になったのが珍しかったので、そう推理したまでです」
「素晴らしい推理ですね、メディオン王子」
 シンビオスの声は、俺のときのと随分違う。どう違うかは想像にお任せする。
「それほどのことはないよ」
 しかし、王子は呆気無いほどあっさりとそれを流した。勿体無いことしやがる。
 ところで、王子の説明は正しいが、一説にしか過ぎない。吸血鬼には色々いる。
 血を吸った後、被害者にも吸血鬼の血を吸わせるのが一般的だが、血を吸ったらすぐに被害者を吸血鬼に変化させる厄介なのもいる。3度吸わなければ変化させられないタイプもいる。かと思えば、何度吸おうと全然変化させないのもいる。
 それゆえ、治療も被害者の症状に合わせて行わなければならない。シンビオスの場合は噛まれた箇所が腫れ上がっていたから、王子が採った方法が正しい。被害者の血を全部入れ替える、といった荒療治をしなきゃいけない場合もある。手の施しようがないことだってあるのだ。シンビオスは運がよかった。
 それにしても、骸骨の吸血鬼ってのも珍しい。死んだ後にここの眷属どもに喰われて吸血鬼になっちまったんだろう。忌わしい血の呪縛から解き放たれた今、彼らの魂は安らいでいるだろうか。
 ちなみに、俺が退治したのは凶悪な吸血鬼だった。一噛みで被害者達を吸血鬼に変え、どんな手当てを施しても彼らを戻せなかった。----ただ、その吸血鬼を滅ぼす以外では。
 それこそがベストな治療法なのだ。
「…ジュリアンは吸血鬼の退治方法を知ってるんですよね」
 グラシアが安心したように言う。
「ああ。吸血鬼が寝てる間に口にニンニクを突っ込んで、胸に木の杭を打ち込み、首を刎ねる。そうすれば灰になるから、それを流水に流してお終いだ」
 そう説明すると、
「ニンニクとか木の杭とか、常備してるの?」
 シンビオスが痛いところを突いてきた。
「俺はヴァンパイアハンターじゃねえ。んなもんいつも持ち歩くかって」
「じゃあ、全然駄目じゃないか」
 言いにくいことをあっさり言いやがる。可愛い顔して喰えねえ奴だ。みんな困った顔してるじゃねえか。
「一回引き返しましょうか?」
 グラシアが遠慮がちに提案してきた。
「いや待て。吸血鬼は聖なる力にも弱い。こっちにはグラシアがいるし、俺達三人も聖なる力を身に付けてる。眷属どもは充分倒せたんだ。ボスだっていけるさ」
 俺の言葉に、他の三人は素直に頷いた。
「シンビオスのためにも、急いでその吸血鬼を倒した方がいいだろう。治療したとはいえ、油断は禁物だ」
 王子がこう言うまで、俺はそんなことを考えてもいなかった。ここが、俺と王子の違うところだ。王子はいつも他人のことを----特にシンビオスのことを気にかけている。
 これじゃあ、シンビオスが王子に夢中(本人は隠しているつもりだが、周りから見ればバレバレ)になるのも仕方ねえか。
 今も、シンビオスは熱い瞳で王子を見つめている。
「よし。じゃあ、さっさと倒しちまうぞ」
 俺達は先を急いだ。
 襲い掛かってくる眷属共はそう強くない。ただ、数が多くて閉口する。グラシアの魔法はボス戦に取っておきたいから、俺達は彼を護りながら直接攻撃で敵を倒していった。
 奥に進むに従って、邪悪な気が強くなってくる。ボスが近いのだ。
 眷属共も数が減ってきた分、強烈になってきた。少数精鋭だ。骸骨もいる。ってことは、ここまでたどり着けた奴もいたのか。あげくが吸血鬼じゃ、死んでも死に切れねえよな。
 俺は心の中で祈りを唱えながら、敵を倒していった。せめてもの慰めだ。
 そうやって進んでいくうちに、突然広い場所に出た。賢者の遺跡のワンフロアほどの空間だ。
 薄暗くてよく見えないが、今までとは比べ物にならない邪悪な気が充満してる。間違いねえ。ここに親玉の吸血鬼がいるのだ。
 まず入り口からカンテラで照らす。…いねえ。もっと奥か。周辺を確認しながら、慎重に歩を進めた。気配はするのに姿が見えねえ。結局、反対側の壁まで来ちまった。しかも、行き止まってやがる。
「変だな。こんなにはっきりとした気配があるのに…」
 王子が呟く。
「何処かに隠し扉でもあるんでしょうか」
 シンビオスが壁を撫でている。
「もしそうだとしても、こう薄暗くちゃな」
 俺は肩を竦めた。どうもおかしい。気配は確かにこの部屋の中からする。どう考えても壁越しの気じゃねえ。
 ふ、と空気が動いた。
「避けろ!」
 叫びざま、俺はグラシアの小柄な体を抱えて、横に跳んだ。
 轟音と振動が響いて、今まで俺達がいた壁に衝撃波がぶち当たった。抉られたように丸く壁がへこむ。
「シンビオス! 王子! 無事か?!」
 もうもうと立ち篭める煙の向こう側に、俺は呼び掛けた。
「大丈夫だ」
 王子の声がして、二つの影が寄り添うように立ち上がった。俺もグラシアを抱えて起き上がる。
「ジュ、ジュリアン…。今のは…」
 言いかけるグラシアの口に指を当てて、俺は上を振り仰いだ。
 ----そんな所にいやがったのか。
 燃えるように紅い二つの点が、高みから俺達を睥睨している。
「あれが…?」
 シンビオスの呟きに応じるように、そいつはふわりと地上に降りてきた。
 着地した、と思った瞬間、矢のようにこっちに突っ込んでくる。咄嗟にかわした。すぐに方向転換してもう一回飛んでくる。これもなんとか避けたが、----くそ、武器を抜く間もありゃしねえ。なにしろ、背中に生えたコウモリのような羽で、少し地面から足を浮かせてるもんだから、速いのなんのって。
 まずはグラシアに『祝福』をかけさせて、動きを止める。闇に生きる魔物だけに、こういう聖の力には弱いはずだ。
 案の定、奴は苦しそうに身をよじらせた。
 俺は武器を抜きながら、正面から奴に飛びかかった。それでも、吸血鬼は素早く横に避けてかわす。----計算通りだ。
 最初から、奴の片羽を切り飛ばすつもりだったのだ。----これで、もう飛べないぜ。
 羽には痛覚がないらしく、吸血鬼は平然と立っていた。だが、こっちを睨むその目つきときたら。しばらくは夢見が悪くなりそうだ。
 王子が間合いを詰めて、突きを繰り出す。一撃目は、心臓を庇った腕に刺さった。吸血鬼が声を上げて仰け反ったところに二撃目。----惜しくも急所は外れたが、かなりなダメージには違いねえ。しかし、一度に五回も突きを入れるとは、大した早業だ。
 続いてシンビオスが、剣を振り上げた。吸血鬼に素早く二度切り付ける。最初は縦、続いて横。十字を切る形だ。
 これはかなり効いた。なにせ、十字は魔なるものを払う力がある。吸血鬼は身悶えた。恐ろしい形相で、奴を囲んでいる俺達を睨むと、腕を横なぎに振った。
 突風が起こる。俺達は揃って後ろに吹き飛ばされた。体勢など立てなおせぬまま、壁に背中からぶち当たる。一瞬、息が止まった。----痛え。畜生、なんて馬鹿力だ。こりゃあ、あのゴリアテと張るな。
「だ、大丈夫ですか?!」
 吸血鬼から離れていたグラシアは、幸い被害を免れた。だが、今や奴から一番近い位置に突っ立ってることになっちまったのだ。俺はそのグラシアの真後ろ、王子が右後ろ、シンビオスが左後ろに飛ばされたためだ。
 吸血鬼が、形容し難い目つきでグラシアを見た。
 俺とシンビオスと王子は、それぞれの場所から急いでグラシアの許に駆け出した。
 吸血鬼が牙を剥き出して、グラシアに襲い掛かる。
 グラシアが魔法を放ったのと、俺がナイフを投げたのと、どっちが早かっただろう。
 とにかく奴の気を逸らすために、当たり外れ構わず投げた俺のナイフは、グラシアの魔法で動きを止められた吸血鬼の、なんと心臓に見事に突き刺さったのだ。
 木の杭じゃなくとも、聖なる魔法に焼かれているときに刺さったナイフだ。
 奴の凄まじい叫び声に、洞窟の壁に亀裂が走る。----さすが吸血鬼。超音波ヴォイスだ。
 …なんて感心してる場合じゃねえ。体中から煙を吹き上げている奴に、俺は飛びかかった。思いっきりブレードを振る。
 奴の首が飛んだ。
 胴体が灰になって崩れ落ちる。少し離れたところに落ちた頭も続いた。
「ありったけの水をかけろ!」
 俺は叫びながら、持っていたいやしの水を全部、元胴体だった灰にぶっかけた。王子とグラシアもそれに倣った。頭の方は、シンビオスが同じようにしている。
 水に濡れた灰は、なんだか沸騰してるみたいにぶくぶくと泡を吐いて、終いにはきれいさっぱり消滅した。
 同時に、洞窟に溢れていた邪気も、消え去った。
「これで安心だ。レモテストの人達も、----シンビオスも」
 王子が呟く。
「まあな。----それより、宝だ」
 俺は部屋を見回して、
「この部屋で行き止まりだろ。一体、どこに隠してあるんだ?」
「うーん。天井裏とか、床下とか」
 シンビオスは、どうやら真面目に言ったつもりらしいが、俺にはジョークにしか聞こえなかった。
「…もう少し、探してみるかい?」
 またしても、王子が場を取りなすように提案した。
「そうしたいのはやまやまだが、時間がねえみたいだ」
 俺の耳は、このときある音を捉えていた。
「出口まで、全速力で走るぞ」
 この台詞に、みな戸惑った顔をした。
「ジュリアン。どういう意味ですか?」
「聞こえねえか? この洞窟、崩れるぞ。吸血鬼の、超音波ヴォイスのせいだ」
 俺が言い終わらないうちに、ぴし、ぴし、と無気味な音が大きくなってきた。シンビオスと王子が顔を見合わせる。やっと事態を呑み込んだようだ。
「行くぞ!」
 そう声をかけて、俺はグラシアの体を抱えた。そのまま肩に担ぐ。ムードもへったくれもないが、これが一番走りやすいのだ。
 グラシアも、おとなしくしている。----かなりヤバいってことに気付いたのだろう。
 俺達は、戦いを繰り広げた部屋を出た。途端に、壁が、天井が崩れ出す。こりゃ、マジで急がなきゃヤバい。
「だけど、道が色々別れてたよね」
 走りながら、シンビオスが言った。
 そう。最終的には繋がるとはいえ枝道がかなりあったし、行き止まりの道も多かった。間違えば時間のロスになる。
 しかし、俺は自信たっぷりに、
「心配なら、俺の後についてこい。どれが最短の道かちゃんと覚えてるからな」
 職業柄、ここより酷い迷路にぶちあたったこともある。それでも、地図があれば1分でそれを記憶して正しい道を辿ることができるし、地図がなくても、一度通った道はちゃんと覚えているから、帰りには迷うことなく戻ることができる。
 傭兵ならほとんどが持っている能力だが、俺は特に優れているのだ。----いや、自画自賛じゃないぜ。
「へえ。凄い」
 シンビオスはぼんやりと呟いた。なんだか、誉められた気がしねえ。
 天井から小さな石の破片が落ちてくる。かなりの轟音もしている。もう少しで出口のはずだ。
 角を曲がると、光が見えた。
 入り口付近はやはりもろいのか、拳大もある石が雨のように降っている。
「頭をカバーしてろ。痛いかもしれねえが、我慢しろよ」
 肩の上のグラシアに言って、俺は一気に駆け抜けた。いて、頭を庇ってた手に一つ当たりやがった。
 俺達が外に出たと同時に、入口ががらがらと崩れた。
 俺はグラシアを降ろして、その場に座り込んだ。さすがに疲れたぜ。
 見ると、シンビオスも王子も、息を切らして座り込んでいる。あの距離を全力疾走したんだから当然だ。俺なんか、プラスグラシアだぞ。
 俺は仰向けに倒れ込んだ。空が青い。
「結局、骨折り損かよ」
 忌々しいったらありゃしねえ。こんなにくたびれたのに、結局宝も手に入らなかった。
「宝はともかく、レモテストの人達を救ったと思えば、報われるだろう?」
 王子の言うことは、いちいち尤もすぎる。そういう場合はえてして酷く嫌味になるが、王子の場合はそれがない。人徳だろうか。
「いい加減、宝のことは諦めたら? きっと、あの吸血鬼が使っちゃったんだよ」
 シンビオスがのんびりと、
「それかさ、誰かが先に持って行ってたのかも」
「あの洞窟から、生きて帰った奴らがいたってのか?」
 俺は半分呆れながら言った。
「それなら、話題になってるはずだぜ」
「いや、シンビオスの言うことも一理あるな」
 王子が頷いて、
「宝を手に入れた、なんて、普通は黙っているものじゃないか? 他の誰かに奪われるかもしれないし」
 …そう言われリゃ、確かにそうだ。もし俺だったら、宝を手に入れたら、もう町へは戻らないだろう。誰にも知られないうちに、こっそりどこかに消えるのだ。
 それが、戻ってこない→洞窟でモンスターにやられた、って噂になるのだろう。
「そういえば、あの吸血鬼も、洞窟にいないときがあったんだったな。その隙に忍び込んで、宝を持ち出す。----腕の立つやつなら、不可能じゃねえな」
 もしかしたら、洞窟に宝を隠した盗賊自身が、宝を奪い返したのかもしれない。手に入れたものに対する奴らの執着心は相当なものだし、戻ってこなかったと見せ掛けてこっそり姿を消すのもお手のものだろう。
 ま、なんにせよ、真相は闇の中、だ。
「----じゃあ、もう戻ろうぜ」
 他の3人に声をかけて、俺は立ち上がった。もう終わった冒険のことを、いつまでも気にしてても仕方がない。これから、もっと重要な戦いが待っている。
 俺達はレモテストの町に向けて歩き出した。
 山の中腹に、邪神宮が見える。
 ----待ってろよ、ブルザム。
 最後の戦いに向けて再び血が沸き立つのを、俺は感じていた。


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