中庭の木陰で、マーガレットは本を読んでいた。
 晩夏とはいえ日差しはまだきついが、陰になっている所は、風がひんやりしているせいもあってかなり涼しい。
 噴水の水音を耳に楽しく聴きながら、マーガレットは文字を追っていった。
 今日は恋人の----正確にはフィアンセのトラスティンが、コムラードの許を訪れている。職務のためなので、彼が来たときに軽く挨拶を交わしただけで別れた。だが、仕事が終わればすぐにでも、トラスティンはマーガレットの所に飛んでくる。そして、恋人同士の時間を過ごすのだ。
 膝に置いた本とマーガレットの目線の間とに、ピンク色の物が入り込んできた。
 コスモスだ。
 その花を持った手を伝って目線を上げていったマーガレットは、トラスティンの笑顔に出会った。
「お嬢さん、お花をどうぞ」
「ありがとう」
 マーガレットはそっと受け取った。
「可愛いコスモスね。嬉しいわ、トラスティン」
「---え?」
 トラスティンが驚いた声を出す。
「コスモスだって?!」
「え、ええ」
 何がなんだか判らぬまま、マーガレットは頷いた。
 トラスティンは酷く落胆した様子で、
「ああ、なんてことだ! マーガレット、僕は勘違いしていたよ」
 哀しげに言った。
「この花は君の花だと----マーガレットだと思っていた」
「まあ…」
 マーガレットはむしろ、トラスティンの落胆振りに驚いていた。そこで、
「確かに似てるわ。どちらも同じキク科の花だものね」
 優しく慰める。
 しかし、トラスティンの落ち込みは深いようで、その慰めにもあまり救われていない様子だった。
「だけど。よりによって君の花を間違えてしまうなんて…」
「もう! トラスティンったら!」
 マーガレットは立ち上がって、笑いながらトラスティンの腕を掴んだ。
「あなたらしいわ。だってあなたが花について語り出したりしたら、その方がよっぽど心配だもの」
 トラスティンはどちらかといえば朴訥なタイプのため、花のことなどまったくと言っていいほど知らない。薔薇とヒマワリくらい違っていてやっと区別が付くくらいだ。マーガレットもそれを承知しているし、そんなところを好いてもいるのだった。
 トラスティンもやっと笑った。
「マーガレット。それは皮肉かい?」
 と悪戯っぽく訊いてくる。
「ばかね」
 マーガレットは優しく、そして少しはにかんで答える。トラスティンは彼女を腕に抱いて、そっと口付けた。
 暮れかけた日差しが、一つに溶け合った二人の影を地面に長く焼き付けていた。


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