レイスの鎌のような三日月が、空から見下ろしている。
 それはまた、空が嘲笑を浮かべているようでもあった。

 みながすっかり寝静まった村の中を、アカネはゆっくりと歩いていた。
 以前、よくパンサーと夜の散歩をしたものだ。そう遠い過去のことでもないのに、今の彼女には百年も昔のことのような気がする。
 微かな足音が聞こえて、アカネは振り向いた。
「----アカネ」
 ローディが近付いてきた。
「兄様…」
「おまえ、…このまま村にいてもいいんだぞ?」
 ローディは優しくアカネを見つめた。
「パンサーはもう鉱山にこもった。不意打ちしてくることもないだろう。----後は俺達に任せて、おまえは総てが終わるまでここで待っていろ」
 兄の気遣いは、アカネにとっては嬉しかった。だが、彼女は首を横に振った。
「兄様の気持ちは嬉しいけど…。私、最後まで見届けたいの」
 アカネは月を見上げた。
「パンサーのことを最後まで…。----一生彼のことを忘れないように。私にはそんなことしかできないから。…私は彼を救えなかったんだもの。彼と生きていくことができないんだもの…」
 涙が一筋、頬を伝って流れた。
「ねえ、どうして…、こんなことになっちゃったんだろうね。私は彼のこと、これっぽっちも憎んでなんかいないし、彼だって私のこと嫌いになってないはずなのに…」
「……………」
 ローディには答えられなかった。ただ黙って、妹の肩を抱いた。アカネはローディの胸に頭をもたれさせて、しばらく静かに泣いていた。
 やがて、アカネは小さく溜息をついて、
「----ありがとう、兄様」
 と呟いた。
「少し、落ち着いたみたい。…辛いのは同じだけどね。でも、もう哀しまない。総てが終わるまでは」
 ローディはアカネの頭を撫でた。
「アカネ。みんなおまえと同じ思いでいるんだ。父上も、多分ドイルも、それに俺も…」
 アカネは涙を拭って、寂しげに微笑んだ。
「うん。解ってる。----みんな辛いんだよね。だから私も耐えられるの」
「アカネ…」
「----もう寝るね。ありがとう、兄様」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 アカネは小走りに、宿の中に消えていった。
 ローディは煙草に火を点けた。溜息と一緒に煙を大きく吐き出す。結局自分は、誰も救ってやれないのだ。妹も、----パンサーも。
 そう、ずっと一緒に、兄弟のように育ってきた男を、こうなる前にどうして救ってやれなかったのだろう。どうして彼の心の闇に気付いてやれなかったのだろう。
 そしてアカネにも…、してやれることは何もない。
「----俺にも一本、くれないか?」
 不意に声が掛かって、ローディは我に返った。同時に愕然とする。いくらぼんやりしていたとはいえ、近付いてくる気配にまったく気が付かなかったのだ。
「…アーサー…」
「----見ろよ、いい星空だな」
 アーサーはローディの隣に並んで、空を見上げている。その横顔をローディは見つめた。
「…聴いていたのか?」
「ん? …そんなつもりはなかったんだけどな」
 アーサーはちょっと笑って、
「ほら、今日は月が細いから、星がよく見えるだろう? なんとなく散歩したくなったんだ。----そうしたら、おまえ達の話が聞こえてきてな」
「…そうか…」
 アーサーは顔だけをローディの方に向けて、
「…何か、俺にできることは?」
 一瞬、哀しみに似た陰がローディの顔を掠めた。
「…ある。----これを」
 火の点いた煙草を差し出す。
「ん?」
 戸惑い気味に受け取るアーサーの肩をローディは掴んで、額を押し付けた。
「----しばらく、このままでいさせてくれ」
「解った」
 応えて、アーサーは煙草を銜えた。
 ----やけに苦い味がした。

服装は転職後のもの


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