戦いは終わった。
 勝利を得るために払った数々の犠牲を考え、これからの先行きを思うと、大袈裟にはしたくない。みなは慎ましく祝杯をあげた。
 それでも、酒が入ってくると陽気になる。声も大きくなってくる。
 宴もたけなわになってきた頃、メディオンはそっと席を外した。元々、騒がしいのは得意ではない。
 誰もいない中庭に出て、ほっと息を吐く。冷たすぎる冬の夜の空気が、今は頬に気持ちいい。
 丁度、雲の切れ間から月が顔を覗かせて、スポットライトのようにメディオンの姿を照らし出した。
 メディオンがいないのに気付いて捜しに出たシンビオスは、声をかけようとして留まった。そのままメディオンの後ろ姿に見とれる。
 メディオン自身が月のようだ。
 ため息をついた拍子に、シンビオスの足の下で、乾いた雪がきゅ、と鳴った。
 メディオンが振り向く。シンビオスと認めて、微笑みながら歩み寄ってきた。
「シンビオス、どうしたんだい?」
「王子を捜しに来たんです。…ご気分でも悪くなりましたか?」
 心配そうに自分を見上げるシンビオスの髪をさらりと撫でて、
「大丈夫だよ。…ああいう騒ぎは苦手でね」
 メディオンは答えた。
「それはぼくも同じです。でも、指揮官としては、参加しないわけにはいかないですし…」
 シンビオスは思いつめたような顔をしている。メディオンはその肩をそっと抱いて、
「みな酔ってる。我々がいてもいなくても、誰も気にしやしないよ。明日になれば、誰がいたかなんて覚えていないさ」
「そうですね」
 シンビオスはちょっと笑った。
 月が雲に隠れた。
 メディオンは腕を伸ばして、シンビオスの体を自分のマントの中にくるみ込んだ。シンビオスも、メディオンの背中に腕を廻す。
 ----再び月が現れる。二人は触れあっていた唇を離した。
「…もう戻ろうか」
「ええ」
 メディオンはシンビオスの肩を抱いて、建物の中に入った。そのまま、みなのいる食堂ではなく、二人だけでいられる所へ向かう。

 ----部屋は静かだった。
 食堂での騒ぎもここまでは届かない。
 聞こえるのはお互いの息遣い。それに…。
「----音楽が…」
 シンビオスが呟いた。
「音楽が聞こえる…」
 独り言だったのかもしれない。だが、メディオンは頷いた。
「私にも聞こえるよ、シンビオス」
 シンビオスは瞑っていた目を開いて、ぼんやりとメディオンを見上げた。
「何の曲…?」
「解らない」
 メディオンはシンビオスに口付けた。
「だけど、素敵な曲だ」
「うん…」
 シンビオスは目を閉じた。メディオンだけではなく、音楽までもが全身を包んでくれているようだ。痛みも不安も流れて消えていく。今はただ、とても心地いい。
 メディオンは何度もシンビオスにキスした。シンビオスを強く感じる度に、音楽も大きくなる気がする。その度に心も満たされていく。
 二人は最後までその音楽を聴いていた。

 シンビオスはすぐに眠ってしまった。メディオンは彼のしなやかな体を抱き寄せて、飽きることなく柔らかい髪を梳いていた。目を閉じると、またあの音楽が鳴りはじめる。
 ----ああ…、これは心が奏でる音楽なのか…。
 半ば眠りに落ちながら、メディオンは考えた。
 二人が共にいる限り、この音楽が絶えることはないだろう。
 互いを愛し、敬い、助け合うことを誓ったのだから。


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